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医療

お母さんと赤ちゃんを守るために:先天性サイトメガロウイルス感染に関する研究

生田 和史 教授 イクタ カズフミ
所属
金沢大学 医薬保健研究域保健学系医療科学領域病態検査学講座
研究分野
ウイルス学
キーワード
微生物学、ウイルス学

サイトメガロウイルス(CMV)は健康な成人の多くに症状を起こすことなく感染しているウイルスです。妊婦がCMVに感染すると、胎児では小頭症・聴覚障害・発達障害などを起こすことがあり、先天性CMV感染症と呼ばれています。CMVは経胎盤感染を起こすことが知られていますが、その詳細は分かっていません。CMVが胎内でどのように感染するのかを明らかにし、胎内感染症への新たな対抗手段を確立するための基礎研究を行っています。


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生田 和史 教授 イクタ カズフミ
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研究内容

お母さんと赤ちゃんを守るために。サイトメガロウイルスが胎内で感染するメカニズムを解明。

聞きなれない名前ですが、「サイトメガロウイルス」は、私たちの身近に存在するウイルスです。通常は問題を起こすことはありませんが、妊娠中のお母さんが感染すると、赤ちゃんが何らかの障害を持って生まれる可能性があります。生田和史教授は、この感染症の予防を目指す基礎研究に取り組んでいます。

サイトメガロウイルスとは

サイトメガロウイルスは、ヘルペスウイルスの一種です。世の中のだれにでもいるありふれたウイルスで、日本の成人の約70%がすでに感染しており、免疫を持っています。健康な子どもや大人が感染しても無害ですが、問題なのは女性が妊娠中に初めて感染するケースです。お母さんの血液の中にサイトメガロウイルスに対する免疫がないため、おなかのなかの赤ちゃんにまで感染がおよび、赤ちゃんが何らかの障害を持って生まれてくることがあります。

日本では、300人に1人の割合でサイトメガロウイルスに感染した赤ちゃんが生まれ、その3分の1に小頭症や聴覚障害、発達障害などの症状が出ています。重症の場合、死産や流産につながることもあります。また、生まれたときは何も症状がなくても、半年から数年経って難聴や発達の遅れなどの症状が出るケースもあります。

ウイルスが胎盤で増え、胎児へと運ばれるメカニズムを解明

サイトメガロウイルスは胎盤を通じて胎児に感染することが知られています。これを先天性サイトメガロウイルス感染といいますが、そのメカニズムはよく分かっていません。

私たちの研究室では、胎内感染の予防を目的とした基礎研究に取り組んでいます。具体的には、このウイルスは胎盤で増えやすいのではないか、また積極的に胎児にウイルスを輸送するしくみがあるのではないかという視点のもと、胎盤の状況に似た細胞株を準備し、ウイルスが増殖しやすい条件の探索を進めています。

複雑だからこそ、研究する価値がある

同じように胎盤を通じて感染するウイルスとしては風しんがよく知られており、ワクチン接種が浸透しています。しかしサイトメガロウイルスにはワクチンがなく、確実に感染を防ぐ方法はありません。赤ちゃんの治療法についても確立したものはありません。胎内で感染したとしても多くの赤ちゃんは無症状で生まれてくるため、胎児感染の検査を行うことは、安易な妊娠中絶の助長につながるとの指摘もあります。

このように、先天性サイトメガロウイルス感染症の問題は、何かひとつの技術が確立すれば解決するというものではありません。しかし複数の要因が絡み合った複雑な対象だからこそ、研究する価値があると考えています。

原点は、身近なウイルスへの興味

ウイルスの研究者というと、インフルエンザやエボラなど、人間の脅威となるウイルスに興味を持つことが多いように思います。しかし私は少し違っていて、感染した人間の体内に静かに潜伏し、ときおり増殖して病気を起こすウイルスに興味があり、学生時代からヘルペスウイルスの研究に打ち込みました。

アメリカに留学していた5年間は、8種類あるヘルペスウイルスの中でもEBウイルスの研究に取り組みました。EBウイルスはほぼすべての日本人が感染しているウイルスで、日本における胃がんの約10%に関連しています。帰国後、胎内感染が問題でありながらも研究者が少ない、先天性サイトメガロウイルス感染症の研究に参加しました。

患者さんの存在を忘れない

基礎研究というと、ラボにこもって臨床とかけ離れた実験を繰り返すイメージがあるかもしれません。しかし私たちは、患者さんとそのご家族の思いを忘れず、真摯に研究に向き合うことを大切にしています。

アメリカで関連学会に参加した際、会場に掲示された一通のメッセージが目に留まりました。
「CMV has ruined my son's life and mine.(サイトメガロウイルスは、息子と私の人生を台無しにしている)」。

ウイルス感染により重い障害を負った息子さんを持つお母さんの言葉です。患者さんとそのご家族の多くは、明るく前向きに日々を過ごそうと努めていますが、現実には辛く苦しい状況に置かれています。研究の先には患者さんがいるということを、私たち研究者は忘れてはいけないと思っています。