研究内容
誰一人取り残さない教育の実現へ:閾値下自閉スペクトラム症の遺伝的基盤を解明
ASDの遺伝要因は、閾値下を含む一般集団において、社会性やコミュニケーション、発達のバリエーションに影響を与えます。したがって、ASDの遺伝学的研究は、診断閾値下ASDの遺伝的基盤を明らかにするために重要です。
本研究では、健常児と両親を対象にトリオ遺伝子解析を行い、世代間伝達する診断閾値下ASDのリスクバリアントを明らかにします。明らかになったバリアントは、診断閾値下ASDを発達早期に識別するバイオマーカーの確立に直結すると考えます。

これまで遺伝要因と脳画像の観点から診断閾値下ASDの研究、ASDの遺伝学的研究、さらに、閾値下を含む通常学級に在籍する児童の適切な自己表現の研究を進めてきました。以下が主な内容です。
1. ASDグレーゾーンに関わる一塩基多型の解析
樹状突起の分枝やスパイン形成に必要なコンタクチン関連タンパク質様タンパク質2をコードするCNTNAP2遺伝子の一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)は、コミュニケーション能力の発達に寄与し、リスクアレルはASD発症と言語発達遅延に相関すると言われます(Alacon et al., 2008)。
我々はASD児と定型発達(Typically Developing; TD)児を対象としてこのSNPの解析を行い、診断閾値下ASDを含むリスクアレルを保持したTD児では非リスクアレル保持者に比べて自閉的特性(SRS-Tスコア)が有意に高いことを見出しました(Shiota et al., PLoS One, 2021)。

2. 診断閾下ASD児に関わる脳機能ネットワークの解明
ASDは脳領域間の連結性の障害であるといわれ、脳内ネットワークが調べられてきました。効率的なネットワークは、脳領域から特定の情報を迅速に結合する「機能結合」と、脳領域の相互に連結した集団内において特異的に処理する「機能分離」が調和した、スモールワールド性(SW)を持ちます。
本研究では診断の有無ではなく、コミュニケーションにどの程度困難があるかという観点から、診断閾下ASDの脳内ネットワークの特性を調べました。その結果、閾値下域群はδ帯域において健常域群よりも低いSW示し、一般集団の中でも診断閾値下ASDに該当する人ではδ帯域のSWが健常者よりも低いことが予想されました(Shiota et al., Frontiers in Psychiatry, 2022)。

3. 高機能自閉症の遺伝的構造の解明
高リスクASD関連遺伝子と疾患表現型との関連を調べるために、知的障害を伴わない高機能自閉症児を対象として、次世代シーケンスによるターゲットパネル解析を行いました。その結果、高機能自閉症ではSCN1AバリアントがTDに比べて強い関連を示しました(Shiota et al., Frontiers in Genetics, 2024)。
また、社会的反応性はCHD8バリアントと、知能指数はDYRK1Aバリアントと強い関連を示しました。この結果は、高機能自閉症に関連する核となる遺伝子が存在することを示唆しています。

4. 適切な自己表現の方法を学ぶ授業効果の検証
思春期は何らかの心理的問題や葛藤を抱えやすいですが、この要因の一つとして児童が適切な自己表現の方法を獲得していないことが挙げられます(松澤ら、2009)。そこで、児童生徒のコミュニケーション能力の向上を目指す方法として、アサーション・トレーニング(以下、AT)に注目しました。アサーションとは、「自分の意見・考え・気持ちなどをなるべく率直に正直に、適切な方法で表現すること」です(平木、1993)。
本研究では公立小学校の児童を対象に、短期的にATを実施し、児童のアサーション度の向上が見られるかを検証しました。その結果、授業後はアサーティブ度の向上が見られました(Shiota et al., in submitting)。本結果は短期的なATの実施でもアサーティブ得点(適切な自己主張能力)の向上が認められたことから、短期間のセッションが学校現場においても実施可能であることを示唆しています。
