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人文・社会科学

自閉スペクトラム症グレーゾーンの遺伝的基盤を解明し、早期発見・早期支援を目指す

塩田 友果 特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD) シオタ ユカ
所属
金沢大学 医薬保健研究域医学系
研究分野
子ども学、保育学
キーワード
発達障害、自閉スペクトラム症

自閉スペクトラム症(以下、 ASD)は、社会性の障害を特徴とする発達障がいです。近年、ASDの診断基準を満たさないものの、ASDに類似した特性を持つ状態があることが注目され、「閾値下(いきちか)ASD」と呼ばれています。

閾値下ASDの特性を持つ子供が二次障害を併発し、「生きづらさ」を抱えることが少なくありません。また、子供の頃には特性に気づかれず、大人になって自身の特性に気づき、長年の苦しみの原因を知るというケースも多く、社会的にも深刻な課題となっています。

こうした状況を防ぐためには、閾値下ASDを早期に発見し、適切な支援につなげることが重要です。しかし現在、早期発見に役立つ有用なバイオマーカーは、まだ確立されていません。

私たちは閾値下ASDの遺伝的基盤を解明し、特異的なバイオマーカーの確立を目指す研究に取り組んでいます。早期発見・早期支援を実現することで、子供たち一人ひとりの可能性がよりよく花開く社会の実現を目指しています。

この研究の推進には、皆さんのご支援が不可欠です。ぜひ寄附という形でこの取り組みにご協力いただけますようお願い申し上げます。


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塩田 友果 特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD) シオタ ユカ
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研究内容

誰一人取り残さない教育の実現へ:閾値下自閉スペクトラム症の遺伝的基盤を解明

ASDの遺伝要因は、閾値下を含む一般集団において、社会性やコミュニケーション、発達のバリエーションに影響を与えます。したがって、ASDの遺伝学的研究は、診断閾値下ASDの遺伝的基盤を明らかにするために重要です。

本研究では、健常児と両親を対象にトリオ遺伝子解析を行い、世代間伝達する診断閾値下ASDのリスクバリアントを明らかにします。明らかになったバリアントは、診断閾値下ASDを発達早期に識別するバイオマーカーの確立に直結すると考えます。

本研究の概要

これまで遺伝要因と脳画像の観点から診断閾値下ASDの研究、ASDの遺伝学的研究、さらに、閾値下を含む通常学級に在籍する児童の適切な自己表現の研究を進めてきました。以下が主な内容です。

1. ASDグレーゾーンに関わる一塩基多型の解析

樹状突起の分枝やスパイン形成に必要なコンタクチン関連タンパク質様タンパク質2をコードするCNTNAP2遺伝子の一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)は、コミュニケーション能力の発達に寄与し、リスクアレルはASD発症と言語発達遅延に相関すると言われます(Alacon et al., 2008)。
我々はASD児と定型発達(Typically Developing; TD)児を対象としてこのSNPの解析を行い、診断閾値下ASDを含むリスクアレルを保持したTD児では非リスクアレル保持者に比べて自閉的特性(SRS-Tスコア)が有意に高いことを見出しました(Shiota et al., PLoS One, 2021)。

図. 遺伝子型による自閉的特性の差

2. 診断閾下ASD児に関わる脳機能ネットワークの解明

ASDは脳領域間の連結性の障害であるといわれ、脳内ネットワークが調べられてきました。効率的なネットワークは、脳領域から特定の情報を迅速に結合する「機能結合」と、脳領域の相互に連結した集団内において特異的に処理する「機能分離」が調和した、スモールワールド性(SW)を持ちます。

本研究では診断の有無ではなく、コミュニケーションにどの程度困難があるかという観点から、診断閾下ASDの脳内ネットワークの特性を調べました。その結果、閾値下域群はδ帯域において健常域群よりも低いSW示し、一般集団の中でも診断閾値下ASDに該当する人ではδ帯域のSWが健常者よりも低いことが予想されました(Shiota et al., Frontiers in Psychiatry, 2022)。

図. 自閉的特性の程度による脳機能ネットワーク指標の差

3. 高機能自閉症の遺伝的構造の解明

高リスクASD関連遺伝子と疾患表現型との関連を調べるために、知的障害を伴わない高機能自閉症児を対象として、次世代シーケンスによるターゲットパネル解析を行いました。その結果、高機能自閉症ではSCN1AバリアントがTDに比べて強い関連を示しました(Shiota et al., Frontiers in Genetics, 2024)。
また、社会的反応性はCHD8バリアントと、知能指数はDYRK1Aバリアントと強い関連を示しました。この結果は、高機能自閉症に関連する核となる遺伝子が存在することを示唆しています。

図. 遺伝子多型と表現型の関連解析例

4. 適切な自己表現の方法を学ぶ授業効果の検証

思春期は何らかの心理的問題や葛藤を抱えやすいですが、この要因の一つとして児童が適切な自己表現の方法を獲得していないことが挙げられます(松澤ら、2009)。そこで、児童生徒のコミュニケーション能力の向上を目指す方法として、アサーション・トレーニング(以下、AT)に注目しました。アサーションとは、「自分の意見・考え・気持ちなどをなるべく率直に正直に、適切な方法で表現すること」です(平木、1993)。

本研究では公立小学校の児童を対象に、短期的にATを実施し、児童のアサーション度の向上が見られるかを検証しました。その結果、授業後はアサーティブ度の向上が見られました(Shiota et al., in submitting)。本結果は短期的なATの実施でもアサーティブ得点(適切な自己主張能力)の向上が認められたことから、短期間のセッションが学校現場においても実施可能であることを示唆しています。

図. アサーション授業前後のアサーティブ得点の変化